「今まで誰にも話せなかった」と涙 38年の消防隊員が明かす、被災地の仲間の想いが…【東日本大震災から15年】 By - grapeトレンド編集部 公開:2026-03-09 更新:2026-03-09 仕事東日本大震災消防士災害震災 Share Post LINE はてな grapeトレンド編集部 プロフィール ウェブメディア『grape』で記事を配信する、株式会社グレイプ所属のライター、編集者で構成されたチーム。 Official:grape 未曾有の被害をもたらした東日本大震災から15年が経とうとしている、2026年3月9日現在。 最前線で人命救助にあたった消防隊員の姿は、今も多くの人の記憶に刻まれているでしょう。 一方で、私たちにとって身近な存在である消防隊員が、過酷な現場でどのような想いを抱えていたのかが語られる機会は、決して多くありません。 災害現場で、隊員たちは何を見て、どのような葛藤と向き合ってきたのでしょうか。 東京消防庁で38年間現場に立ち、震災の経験を機に、消防隊員の心をケアする取り組みを始めた防災士の幾田雅明さんに話を聞きました。 撮影:grape編集部 東日本大震災で救助活動 消防隊員の悲痛な想い 2011年3月11日、三陸沖を震源地とする東日本大震災が発生。 地震と津波によって広範囲に甚大な被害が生じました。総務省消防庁によると、2024年3月8日時点で死者は19,775人、行方不明者は2,550人に上るといいます。 被災地では、津波で流され、あるいは倒壊した家屋の下敷きになった行方不明者の捜索など、長期にわたる救助活動が続きました。 全国の消防隊員も現地へ派遣され、過酷な状況の中で救助活動にあたります。 その後、現場職員の様子を心配した有志から相談を受け、幾田さんら数十人のメンバーが、被災地で仲間の話を聞く『傾聴ボランティア』として現地へ向かうことになりました。 消防職員が被災地で直接仲間の相談に乗るという、国内でも前例のない取り組みです。 話を聞く中で見えてきたのは、想像以上に大きな心の負担でした。 「自分は何もできなかった」「命を救うことができなかった」と自責の念にさいなまれ、感情を押し殺すように、人が流される津波の光景を淡々と語る人もいたといいます。 そんな隊員たちの助けになりたいと、幾田さんらは約1年間、毎月東北へ通い、隊員たちの話に耳を傾け続けました。 被災地へ足を運び続けた理由について、こう明かします。 消防の世界には『弱みを見せない文化』が残っている気がしています。 心身ともに強くなければ、人を救うこともできませんから。 だからこそ、その立場を理解する仲間が話を聞くことに意味があるんです。 特別救助隊員や救助隊長を歴任するなど、長年最前線で活躍したからこそ、現場の雰囲気や苦労を熟知する幾田さん。 よき理解者である幾田さんと対話するうちに、現場の隊員たちの心境にも変化が生まれたようです。 語りながら、張り詰めた気持ちがほどけるように、涙を流す隊員は少なくありませんでしたね。 中には「今まで誰にも話せなかった」「やっと話ができて、心から楽になった」と言ってくれる人がいました。 ※写真はイメージ 幾田さん自身も、話を聞きながら一緒に涙を流したといいます。 各地で災害が起きた際に、消防隊員の話を聞く活動を続ける幾田さん。 実は、取り組みの原点には、異国での壮絶な体験があったのです。 次のページ消防隊員の心をケア 取り組む男性の壮絶な『原点』とは… 1 2 満員で予約できないイチゴ狩り 2児の母がとった行動に「発想が天才!」「これが親の愛か」「イチゴ狩りに行きたい」と言い出した4歳の娘。予約が取れない中、母が思い付いた方法は? 母親「この格好で寝た」 1歳娘の寝相にビックリ!クイックルワイパーを持ったままで…「めっちゃ笑った」「武将かな!?」クイックルワイパーが好きな1歳の女の子。寝落ちした姿が面白すぎる!母親がとらえたミラクルショットをご覧ください。 Share Post LINE はてな
未曾有の被害をもたらした東日本大震災から15年が経とうとしている、2026年3月9日現在。
最前線で人命救助にあたった消防隊員の姿は、今も多くの人の記憶に刻まれているでしょう。
一方で、私たちにとって身近な存在である消防隊員が、過酷な現場でどのような想いを抱えていたのかが語られる機会は、決して多くありません。
災害現場で、隊員たちは何を見て、どのような葛藤と向き合ってきたのでしょうか。
東京消防庁で38年間現場に立ち、震災の経験を機に、消防隊員の心をケアする取り組みを始めた防災士の幾田雅明さんに話を聞きました。
撮影:grape編集部
東日本大震災で救助活動 消防隊員の悲痛な想い
2011年3月11日、三陸沖を震源地とする東日本大震災が発生。
地震と津波によって広範囲に甚大な被害が生じました。総務省消防庁によると、2024年3月8日時点で死者は19,775人、行方不明者は2,550人に上るといいます。
被災地では、津波で流され、あるいは倒壊した家屋の下敷きになった行方不明者の捜索など、長期にわたる救助活動が続きました。
全国の消防隊員も現地へ派遣され、過酷な状況の中で救助活動にあたります。
その後、現場職員の様子を心配した有志から相談を受け、幾田さんら数十人のメンバーが、被災地で仲間の話を聞く『傾聴ボランティア』として現地へ向かうことになりました。
消防職員が被災地で直接仲間の相談に乗るという、国内でも前例のない取り組みです。
話を聞く中で見えてきたのは、想像以上に大きな心の負担でした。
「自分は何もできなかった」「命を救うことができなかった」と自責の念にさいなまれ、感情を押し殺すように、人が流される津波の光景を淡々と語る人もいたといいます。
そんな隊員たちの助けになりたいと、幾田さんらは約1年間、毎月東北へ通い、隊員たちの話に耳を傾け続けました。
被災地へ足を運び続けた理由について、こう明かします。
消防の世界には『弱みを見せない文化』が残っている気がしています。
心身ともに強くなければ、人を救うこともできませんから。
だからこそ、その立場を理解する仲間が話を聞くことに意味があるんです。
特別救助隊員や救助隊長を歴任するなど、長年最前線で活躍したからこそ、現場の雰囲気や苦労を熟知する幾田さん。
よき理解者である幾田さんと対話するうちに、現場の隊員たちの心境にも変化が生まれたようです。
語りながら、張り詰めた気持ちがほどけるように、涙を流す隊員は少なくありませんでしたね。
中には「今まで誰にも話せなかった」「やっと話ができて、心から楽になった」と言ってくれる人がいました。
※写真はイメージ
幾田さん自身も、話を聞きながら一緒に涙を流したといいます。
各地で災害が起きた際に、消防隊員の話を聞く活動を続ける幾田さん。
実は、取り組みの原点には、異国での壮絶な体験があったのです。